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【タロに思いを馳せて】

皆様、こんばんは。
はとぽっぽ報道局の「そう」です。


古代から近代にかけて様々な「今日」が毎年繰り広げられてきたと思います。


この記事では、「今日」にまつわるエピソードを紐解いて、


お読みいただく方には、ちょっぴり誰かに話したくなる様な情報をご紹介していこうと思います。




皆さんは、歴史的な「今日」というとどんなエピソードを思い浮かべるでしょうか。






今日は8月11日。






この記事を読んでいる方は察しが付くでしょう。



あの、南極大陸観測隊で同行したワンコ。




【タロ】の命日が8月11日です。

001.jpg





「タロ」はとても素晴らしい経歴を持っているワンコです。




1956年(昭和31年)11月。


第1次南極観測隊隊員がタロとジロを含む



22頭の樺太犬と共に東京湾より


南極観測船「宗谷」で南極へ出発しました。




観測隊は、ただ可愛いから




タロ達を連れて行ったわけではなく




タロやジロ達には南極大陸で大切なお仕事を任されていました。



人や物を運ぶ【犬ぞり】です!
10572.jpg




観測隊と一緒に活動を続けていたタロ達でしたが



悪天候が続き、観測隊が冬を越すための




輸送物資を基地へ運ぶことができなくなる事件が起こりました。





南極観測船の「宗谷」から、観測隊に越冬が困難であるため




一時的に南極を離れることを告げられます。




その際に、南極観測には樺太犬が必要であり、




南極へ戻ってきたときに、居なくなってしまっては困るという理由から





1958年(昭和33年)2月14日に




樺太犬たちを鎖に繋いだまま、





隊員たちは南極から離れてしまいました。





残された樺太犬達の生存は絶望的であると思われましたが





1959年(昭和34年)1月14日、




第3次越冬隊のヘリコプターにより、





上空から昭和基地に2頭の犬が生存していることが確認されます。





基地には7頭の犬が首輪につながれたまま息絶えており、





他の6頭の消息はわかりませんでした。




基地に置いてきた犬の食料や




死んだ犬を食べた形跡はなく





タロとジロは、南極で自ら食べ物を探して生き延びていたのです。





その後、タロは日本に帰国し14歳になるまで長生きをしました。




死後は、功績を称えて




北海道大学植物園にはく製が飾られています。










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プロフィール

そう@社会福祉士

Author:そう@社会福祉士
はじめまして!
社会福祉士として働いている「そう」と申します。

このブログを始めるきっかけは、自身の大きな失敗です。
自分一人では到底抱えきれず、
ふとした時に不安感や焦燥感で少し辛くなってしまうことがあります。

しかし、悩んでいたって仕方ない。
どうせ生きなきゃならないんだったら、笑っていたほうが少しはマシなんじゃないかってことで

楽しく面白く記事更新をしていこうと思っています。

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